春の宵に梅の香がどこからか匂うのは、
眸には見えないもんだのに、不思議と華やかな感じがして、
何とはなく心浮き立つもんだけど。
秋の宵に金木犀の甘い匂いがきこえてくるのは、
不思議と心がしんみり落ち着いてしまう。
秋も深まって、月がどんどん冴えて来る頃合いともなると、
虫の声ももう終わりかなと思わすような、心許ない風が吹く。
―― 寒くはないか? もちっとお寄りよ。
「…なんてのが、
サンジが口説き文句の参考にしてるお女中向けの絵草紙には、
たんと出て来るらしいんだけど。」
ちなみに夏場だったら、
うなじの白さがよく映えてるね、
もっとよく見せておくれなって言ったら、
お姉さんが“はいなvv”って寄って来てくれんだと。
「おいおい…。」
あれの一番売れてる『夜月の睦み』っていう月刊誌の、
一番人気の“蜜月の章”って読み物はサ、
実は、東の三番坂のしののめ長屋に住んでるご浪人様が、
誰にも内緒で書いてるんだぜ?
物がモノだけに恥ずかしいって、ご妻女にも黙ってたらしくてサ。
照れ臭くってって言やぁいいのに、恥ずかしいの一点張り、
そんな言い方して後は頑として口を割らずにいたもんだから、
どんな恥ずかしい読み本に関わっているんだと、奥方却って泣くやら怒るやら。
「やっとのこと、実はこれを書いてんだって白状したらば、
何のこたぁない、
奥方もその読み本は内職の片手間にいつも読んでたって話でサ。」
これが真昼なら、聞き手が“おいおい内緒の話なんじゃあ”と焦るほど、
ついのこととて大きな声になってるところ。
それほど屈託のない親分でも、
これもまた不思議なもんで、辺りが暗いとお声もそれなり低まるらしく。
「あのグル眉はそんなもん読んでやがんのか?」
「おおvv あ、でも今のご浪人様の話は内緒だからな。」
俺だって、奥方が包丁振り回しての大暴れになったの収めに行って、
ゲンゾウの旦那が宥めがてら諭したところで、
ご浪人様が一切合切話してくれての、それで知ってんだしよ…と。
そっちの一部始終だって結構なお話だってのを、
あっさり暴露しちゃってるものだから。
どこの何が内緒なんだかと、擽ったげな苦笑を零したお坊様、
「そんなこと言って、どこなと行って誰なと話してんじゃねぇのか?」
「馬鹿にすんない。俺、これでも口は堅てぇんだからな。」
あ、そうだ。あんなあんな、
九月の十五夜ってのはさ、それだけを観て終わっちゃいけないんだと。
十三夜?とかいうのが十月にあって、そっちの月見と二つで一対になってっから、
片方だけしか観ないのは“形見月”つって縁起が悪いんだと。
「へえぇ、凄いな親分。そんなことまで知ってなさるか。」
「おお♪ これもサンジに教すわった。」
色街なんかじゃあ、太夫が客へ“形見月は縁起が悪うござんすよ”なんて言って、
次の十三夜もぜひ一緒に観ましょうねって約束するんだと。
でもでも、チョッパーせんせーが言うには、
月見の始まった唐の国にはそんな風習はねぇから、
大方、日之本で勝手に増えたもんで、
観なかったから罰が当たろうってほどのことはないらしいって。」
「おやおや。親分も隅におけねぇな。」
「何だよ。」
「罰が当たろう心当たりでもあったのかってことだぁね。」
「え?」
………………………あ。
「そ、そんなもんあるわきゃねぇだろっ!/////////」
夜目にも赤いのが判るほど、真ん丸な頬を朱に染めて。
妙にムキになってしまったるは、
これでもここいら界隈の治安を預かる、
麦ワラの親分こと、ルフィという岡っ引きの兄さんで。
ここんところはさして大きな騒動もない秋の宵。
それでも当番の夜回りにと、
真ん丸なお月さんが照らし出すご町内をひとしきり見回っての、
戻りかかった土手の上。
見覚えのある墨染めの僧衣が目に入り、
『おや奇遇だな、親分さん。』
気さくに声をかけられての…柳の傍らでの小休止と運んでおいで。
いつだって神出鬼没なこのお坊様、
先程から盛んに名前が上がってる、一膳飯屋のサンジとか、
町医者のチョッパーと一緒にいての、
わいわいと騒いでるところにはあんまり来合わせず。
こんな風に一人でいるときに限って顔を合わすのが多いのも、
奇妙といや奇妙な話であり。
“それは、あの、なんだ。俺があちこち歩き回るから会えてるだけで。”
ホントだったらもっとずっと、
逢える機会も少ないお人なのかもしんない。
そうと思うと、何となく。
居ても立ってもいられなくなる。
ホントは今宵の見回りはルフィの当番じゃあなかったのだけど、
この何日か、姿を見なかったもんだから、
もっと一杯歩いてなきゃダメなんかなって。
そう思ったら家でじっとしてられなくて、
隣町の若いのが当番だったの、代わってもらったんだぜ、
これはゾロにも内緒だ、参ったか。
「♪♪♪♪♪」
「お。今度は機嫌がよくなったな。」
あああ、なんでそんなカッコいい笑い方出来んだ?
口元 横に引いてニヤッて。
目許も渋くて、精悍?とかいう感じでさ。
ちょっと悪そな、でも、頼もしい笑い方。
そいから…………。
ほら、まただ。
時々 フッて、話の途中で口利かなくなっちまう。
前はそうでもなかったのにサ。
このところ、逢ってる途中でこんななるゾロで。
なあ、俺と居んのが退屈なんか?////////
「まさか。そんな罰当たりなこと、思ってもねぇさね。」
あああ、今度は目許細くしてふんわり微笑う。
そういうのも出来んのか?
ずっけぇ〜〜〜。ずりぃったらありゃしねぇ。/////////
「大体だ、
ゾロって何かの口上みたいな文言だったら、
そりゃあスラスラ言えんのにさ。」
「そうだったかね?」
「そうだったっ。/////////」
おおっと、そっから先へは出ないこったな。
でないとこの錫杖がおいたをするよ?
兄さん方のマゲやら帯やら、
眸にも留まらぬ“かまいたち”で、すっぱりと斬っちまうよ?…とかさ。
「おおや、凄げぇな。よく覚えてた。」
「おおよ、凄げぇだろー。」
「そりゃあ いつの口上だ?」
「だから、はぐらかしてんじゃねぇよっ。////////」
悪党相手の捕り物に、加勢に飛び出して来てくれては、
こういう粋な物言いをしもするゾロなのに。
「………。」
「ほら、また。」
なんでそんな、急に黙っちまうかな。
それも…なんだ。
俺んこと、じっと見やったまんまでよ。////////
「おや、こいつは済まなかったな。」
「いやその、謝るようなことじゃねぇけどさ。///////」
ただ、こういう間合いで黙られっと。
どこ見てりゃあいいやらで、落ち着かねぇし。
息が詰まって来て、何かどんどんドキドキしちまうからよ。////////
「〜〜〜〜〜。///////」
おやおや、そんなこんなと言いつのりつつ、
またぞろ真っ赤っ赤になった親分さんで。
そんな風に無垢で初心で他愛ないところが、なんてのか。
「眺めてるだけで満足できちまうんだな、これが。」
「〜〜〜〜〜っっ! ///////」
そ、そんな殺し文句は、ご浪人様の読み本にもなかったぞ?と、
くううと言葉に詰まってしまった親分はと言えば。
―― そんな不埒なことを言う口はこうして塞いでくれる
…だなどとは、
到底言い出せない、まだまだ純情なお年頃なので、
相変わらずになかなか進展が見られぬお二人だったりするようで。
空の高みの遠いとこ、ぷかりと浮かんだ秋月だけが、
そんな彼らを微笑ましくも見下ろしてござったそうな……。
〜どさくさ・どっとはらい〜 08.10.13.
*どこぞのおっさまみたいな坊様ですな。(苦笑)


|